書き出し
現今私の家に居る門弟の実見談だが、所は越後国西頸城郡市振村というところ、その男がまだ十二三の頃だそうだ、自分の家の直き近所に、勘太郎という樵夫の老爺が住んでいたが、倅(せがれ)は漁夫で、十七ばかりになる娘との親子三人暮であった、ところがこの家というのは、世にも哀れむべき、癩病の血統なので、娘は既に年頃になっても、何処からも貰手がない、娘もそれを覚ったが、偶然、或(ある)時父兄の前に言出でて、自分は一代法華をして、諸国を経廻ろうと思うから、何卒家を出してくれと決心の色を現したので、父も兄も...
底本
「文豪怪談傑作選・特別篇 百物語怪談会」ちくま文庫、筑摩書房, 2007(平成19)年7月10日