書き出し
かれは時には悩ましげな呉服店の広告画に描かれた殆(ほとん)ど普通の女と同じいくらいの、円い女の肉顔を人人が寝静まったころを見計って壁に吊るしたりしながら、飽くこともなく凝視めるか、そうでなければ、やはり俗悪な何とかサイダアのこれも同じい広告画を壁に張りつけるかして、にがい煙草をふかすかでなければ冷たい酒を何時までも飲みつづけるのである。
初出
1921年
(「雄辯」1921(大正10)年1月号)
底本
「文豪怪談傑作選 室生犀星集 童子」ちくま文庫、筑摩書房, 2008(平成20)年9月10日