書き出し
「やい亀井、何しおる?何ぢや、懸賞小説ぢや――ふッふッ、」と宛も馬鹿にしたやうに冷笑つたはズングリと肥つた二十四五の鬚(ひげ)※(みは)々の書生で、垢染みて膩光りのする綿の喰出した褞袍(どてら)に纏(くる)まつてゴロリと肱枕をしつゝ、板のやうな掛蒲団を袷(あはせ)の上に被つて禿筆を噛みつゝ原稿紙に対ふ日に焼けて銅色をしたる頬の痩れて顴骨の高く現れた神経質らしい仝(おな)じ年輩の男を冷やかに見て、「汝(きさま)も懸賞小説なんぞと吝(けち)な所為をするない。
底本
「日本の名随筆85 貧」作品社, 1989(平成元)年11月25日