書き出し
私が、私の勤めていたある工場の老守衛(といっても、まだ五十歳には間のある男なのですが、何となく老人みたいな感じがするのです)栗原さんと心安くなって間もなく、恐らくこれは栗原さんの取って置きの話の種で、彼は誰にでも、そうした打開け話をしても差支のない間柄になると、待兼ねた様に、それを持出すのでありましょうが、私もある晩のこと、守衛室のストーブを囲んで、その栗原さんの妙な経験談を聞かされたのです。
初出
1926年
(「新小説」春陽堂、1926(大正15)年6月)
底本
「江戸川乱歩全集 第3巻 陰獣」光文社文庫、光文社, 2005(平成17)年11月20日