書き出し
蘭学事始の原稿は素より杉田家に存して一本を秘蔵せしに、安政二年江戸大地震の火災に焼失して、医友又門下生の中にも曾(かつ)て之(これ)を謄写せし者なく、千載の遺憾として唯不幸を嘆ずるのみなりしが、旧幕府の末年に神田孝平氏が府下本郷通を散歩の折節、偶ま聖堂裏の露店に最と古びたる写本のあるを認め、手に取りて見れば紛れもなき蘭学事始にして、然かも※斎(いさい)先生の親筆に係り、門人大槻磐水先生に贈りたるものなり。
初出
1890年
(「蘭學事始」林茂香、1890(明治23)年4月8日)
底本
「蘭学事始」岩波文庫、岩波書店, 1959(昭和34)年3月25日