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寺田寅彦の全作品(2ページ目)

青空文庫で公開されている寺田寅彦の全作品285篇を、おすすめ人気順で表示しています。

51〜100件 / 全285件
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「黒色のほがらかさ」ともいうものの象徴が黒楽の陶器だとすると、「緑色の憂愁」のシンボルはさしむき青磁であろう。
チャイコフスキーの「秋の歌」という小曲がある。
私が九つの秋であった、父上が役を御やめになって家族一同郷里の田舎へ引移る事になった。
帝劇でドイツ映画「ブロンドの夢」というのを見た。
夏目先生が未だ創作家としての先生自身を自覚しない前に、その先生の中の創作家は何処かの隙間を求めてその創作に対する情熱の発露を求めていたもののように思われる。
古い伝統の床板を踏み抜いて、落ち込んだやっぱり中古の伝統長屋。
またひとしきり強いのが西の方から鳴って来て、黒く枯れた紅葉を机の前のガラス障子になぐり付けて裏の藪を押し倒すようにして過ぎ去った。
小学時代の先生方から学校教育を受けた外に同学の友達からは色々の大切な人間教育を受けた。
何もない空虚の闇の中に、急に小さな焔が燃え上がる。
毎年春と秋と一度ずつ先祖祭をするのがわが家の例である。
岩佐又兵衛作「山中常盤双紙」というものが展覧されているのを一見した。
ある一人の歌人の歌を、つづけて二、三十も読んでいると、自然にその作者の顔が浮んで来る。
フィッシンガー作「踊る線条」と題するよほど変わった映画の試写をするからぜひ見に来ないかとI氏から勧められるままに多少の好奇心に促されて見に行った。
映画「マルガ」の中でいちばんおもしろいと思ったのは猛獣大蛇などの闘争の場面である。
近代の物理科学は、自然を研究するための道具として五官の役割をなるべく切り詰め自然を記載する言葉の中からあらゆる人間的なものを削除する事を目標として進んで来た。
去年の暮から春へかけて、欠食児童のための女学生募金や、メガフォン入りの男学生の出征兵士や軍馬のための募金が流行したが、これらはいつの間にか下火になった。
ユーゴーは『哀史』の一節にウォータールーの戦いを叙してこう云っている。
神保町から小川町の方へ行く途中で荷馬車のまわりに人だかりがしていた。
高浜さんとはもうずいぶん久しく会わないような気がする。
昼間陸地の表面に近い気層が日照のためにあたためられて膨張すると、地上一定の高さにおいては、従来のその高さ以下にあった空気がその水準の上側にはみ出して来るから、従ってそこの気圧が高くなる。
当らずさわらずの事を書こうとするとなかなか六かしい。
子供の時代から現在までに自分等の受けた科学教育というものの全体を引くるめて追想してみた時に、そのうちの如何なるものが現在の自分等の中に最も多く生き残って最も強く活きて働いているかと考えてみると、それは教科書や講義のノートの内容そのものよりも、むしろそれを教わった先生方から鼓吹された「科学魂」といったようなものであるかと思われる。
子規の追憶については数年前『ホトトギス』にローマ字文を掲載してもらったことがある。
自分が中村彝(つね)氏を訪問したのはあとにも先にもただ一度である。
幼い時に両親に連れられてした長短色々の旅は別として、自分で本当の意味での初旅をしたのは中学時代の後半、しかも日清戦争前であったと思うから、たぶん明治二十六年の冬の休暇で、それも押詰まった年の暮であったと思う。
ある日、浜町の明治座の屋上から上野公園を眺めていたとき妙な事実に気がついた。
暖かい縁に背を丸くして横になる。
昔シナで鐘を鋳た後にこれに牛羊の鮮血を塗ったことが伝えられている。
別役の姉上が来て西の上り端で話していたら要太郎が台所の方から自分を呼んで裏へ鴫(しぎ)を取りに行かぬかと云う。
芭蕉(ばしょう)の「旅に病んで夢は枯れ野をかけめぐる」はあまりに有名で今さら評注を加える余地もないであろうが、やはりいくら味わっても味わい尽くせない句であると思う。
影なき男一種の探偵映画である。
瀬戸内海はその景色の美しいために旅行者の目を喜ばせ、詩人や画家の好い題目になるばかりではありません。
物理学は他の科学と同様に知の学であって同時にまた疑いの学である。
人間というものが始めてこの世界に現出したのはいつ頃であったか分らないが、進化論に従えば、ともかくも猿のような動物からだんだんに変化して来たものであるらしい。
夕凪は郷里高知の名物の一つである。
永遠の緑この英国製映画を同類の米国製レビュー映画と比べると一体の感じが随分ちがっている。
木枯らしの夜おそく神保町を歩いていたら、版画と額縁を並べた露店の片すみに立てかけた一枚の彩色石版が目についた。
子規の自筆を二つ持っている。
「おおかた古を考うる事、さらに一人二人の力もてことごとく明らめ尽くすべくもあらず。
清楚な感じのする食堂で窓から降りそそぐ正午の空の光を浴びながらひとり静かに食事をして最後にサーヴされたコーヒーに砂糖をそっと入れ、さじでゆるやかにかき交ぜておいて一口だけすする。
「鴫突き」のことは前に何かの機会に少しばかり書いたことがあったような気がするが、今はっきり思い出せないし、それに、事柄は同じでも雑誌『野鳥』の読者にはたぶんまた別な興味があるかもしれないと思うからそういう意味で簡単にこの珍しい狩猟法について書いてみることとする。
昨年三月の「潮音」に出ている芭蕉(ばしょう)俳句研究第二十四回の筆記中に千川亭おりおりに伊吹を見てや冬ごもりという句について、この山の地勢や気象状態などが問題になっていて、それについていろいろ立ち入った研究があったようである。
フランスの絵入雑誌を見ていると、モロッコ地方の叛徒の討伐に関する写真ニュースが数々掲載されている。
子供の時分に世話になった医師が幾人かあった。
明治三十二年に東京へ出て来たときに夏目先生の紹介ではじめて正岡子規の家へ遊びに行った。
昔ギリシアの哲学者ルクレチウスは窓からさしこむ日光の中に踊る塵埃(じんあい)を見て、分子説の元祖になったと伝えられている。
安井氏の絵はだんだんに肩の凝りが解けて来たという気がする。
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