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泉鏡花の全作品(3ページ目)

青空文庫で公開されている泉鏡花の全作品199篇を、おすすめ人気順で表示しています。

101〜150件 / 全199件
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矢來町「お美津、おい、一寸、あれ見い。
五月卯(う)の花くだし新に霽(は)れて、池の面の小濁り、尚ほ遲櫻(おそざくら)の影を宿し、椿(つばき)の紅を流す。
お孝が買物に出掛ける道だ。
色青く光ある蛇、おびたゞしく棲めればとて、里人は近よらず。
あちこちに、然るべき門は見えるが、それも場末で、古土塀、やぶれ垣の、入曲つて長く続く屋敷町を、雨もよひの陰気な暮方、その県の令に事ふる相応の支那の官人が一人、従者を従へて通り懸つた。
二丁目の我が借家の地主、江戸児にて露地を鎖さず、裏町の木戸には無用の者入るべからずと式の如く記したれど、表門には扉さへなく、夜が更けても通行勝手なり。
これは、大工、大勝のおかみさんから聞いた話である。
「旦那樣、畫師ぢやげにござりまして、ちよつくら、はあ、お目に懸りたいと申しますでござります。
怪談の種類も色々あって、理由のある怪談と、理由のない怪談とに別けてみよう、理由のあるというのは、例えば、因縁談、怨霊などという方で。
一月山嶺の雪なほ深けれども、其(そ)の白妙に紅の日や、美しきかな玉の春。
春の山――と、優に大きく、申出でるほどの事ではない。
西は神通川の堤防を以て劃(かぎり)とし、東は町盡の樹林境を爲(な)し、南は海に到りて盡(つ)き、北は立山の麓に終る。
「あなた、冷えやしませんか。
京師の張廣號は、人參の大問屋で、聞えた老鋪。
傳(つた)へ聞く、唐土長安の都に、蒋生と云(い)ふは、其(そ)の土地官員の好い處(ところ)。
朝六つの橋を、その明方に渡った――この橋のある処は、いま麻生津という里である。
枕に就いたのは黄昏の頃、之(これ)を逢魔が時、雀色時などといふ一日の内人間の影法師が一番ぼんやりとする時で、五時から六時の間に起つたこと、私が十七の秋のはじめ。
上席上の各々方、今や予が物語すべき順番の来りしまでに、諸君が語給いし種々の怪談は、いずれも驚魂奪魄の価値なきにあらず。
こゝに先づ一個の裸美人ありと仮定せよ、一代女に記したる、(年紀は十五より十八まで、当世顔は少し丸く、色は薄花桜にして面道具の四つ不足なく揃ひて、目は細きを好まず、眉濃く、鼻の間せはしからず次第高に、口小さく、歯並あら/\として皓(しろ)く、耳長みあつて縁浅く、身を離れて根まで見透き、額はわざとならず自然の生えどまり、首筋立伸びて後れなしの後髪、手の指はたよわく長みあつて爪薄く、足は八文三分に定め、親指反つて裏すきて、胴間常の人より長く、腰しまりて肉置逞ましからず、尻付豊かに、物腰衣裳つき...
近ごろ近ごろ、おもしろき書を読みたり。
夫人堂神戸にある知友、西本氏、頃日、摂津国摩耶山の絵葉書を送らる、その音信に、なき母のこいしさに、二里の山路をかけのぼり候。
紫の幕、紅の旗、空の色の青く晴れたる、草木の色の緑なる、唯うつくしきものの弥が上に重なり合ひ、打混じて、譬(たと)へば大なる幻燈の花輪車の輪を造りて、烈しく舞出で、舞込むが見え候のみ。
上去にし年秋のはじめ、汽船加能丸の百餘の乘客を搭載して、加州金石に向ひて、越前敦賀港を發(はつ)するや、一天麗朗に微風船首を撫(な)でて、海路の平穩を極めたるにも關(かゝ)はらず、乘客の面上に一片暗愁の雲は懸れり。
上何心なく、背戸の小橋を、向こうの蘆(あし)へ渡りかけて、思わず足を留めた。
今は然る憂慮なし。
これは作者の閲歴談と云ふやうなことに聞えますと、甚だ恐縮、ほんの子供の内に読んだ本についてお話をするのでございますよ。
田舎の娘であらう。
加賀の国黒壁は、金沢市の郊外一里程の処にあり、魔境を以て国中に鳴る。
機会がおのずから来ました。
もとの邸町の、荒果てた土塀が今もそのままになっている。
此(こ)の不思議なことのあつたのは五月中旬、私が八歳の時、紙谷町に住んだ向うの平家の、お辻(つじ)といふ、十八の娘、やもめの母親と二人ぐらし。
「このくらいな事が……何の……小児のうち歌留多を取りに行ったと思えば――」越前の府、武生の、侘(わび)しい旅宿の、雪に埋れた軒を離れて、二町ばかりも進んだ時、吹雪に行悩みながら、私は――そう思いました。
雨が、さつと降出した、停車場へ着いた時で――天象は卯(う)の花くだしである。
柏崎海軍少尉の夫人に、民子といつて、一昨年故郷なる、福井で結婚の式をあげて、佐世保に移住んだのが、今度少尉が出征に就き、親里の福井に歸(かへ)り、神佛を祈り、影膳据ゑつつ座にある如く、家を守つて居るのがあつた。
金澤の正月は、お買初め、お買初めの景氣の好い聲(こゑ)にてはじまる。
団欒石段菊の露秀を忘れよ東枕誓[#改ページ]団欒後の日のまどいは楽しかりき。
上「こりゃどうも厄介だねえ。
番茶を焙(ほう)じるらしい、いゝ香気が、真夜中とも思ふ頃芬(ぷん)としたので、うと/\としたやうだつた沢は、はつきりと目が覚めた。
「謹さん、お手紙、」と階子段から声を掛けて、二階の六畳へ上り切らず、欄干に白やかな手をかけて、顔を斜に覗(のぞ)きながら、背後向きに机に寄った当家の主人に、一枚を齎(もた)らした。
予が寄宿生となりて松川私塾に入りたりしは、英語を学ばむためにあらず、数学を修めむためにあらず、なほ漢籍を学ばむことにもあらで、他に密に期することのありけるなり。
「團子が貰(もら)ひたいね、」と根岸の相坂の團子屋の屋臺へ立つた。
麗姫惟(おも)ふに、描ける美人は、活ける醜女よりも可也(なり)。
山吹つつじが盛だのに、その日の寒さは、俥(くるま)の上で幾度も外套の袖をひしひしと引合せた。
蛙(かへる)小石川傳通院には、(鳴かぬ蛙(かへる))の傳説がある。
紅葉先生在世のころ、名古屋に金色夜叉夫人といふ、若い奇麗な夫人があつた。
「いまの、あの婦人が抱いて居た嬰兒(あかんぼ)ですが、鯉(こひ)か、鼈(すつぽん)ででも有りさうでならないんですがね。
送り猫話は別にある……色仕掛で、あはれな娘の身の皮を剥(は)いだ元二と云(い)ふ奴、其(そ)の袷(あはせ)に一枚づゝ帶(おび)を添へて質入れにして、手に握つた金子一歩としてある。
「鸚鵡(おうむ)さん、しばらくね……」と真紅へ、ほんのりと霞(かすみ)をかけて、新しい火の※(もが)(ぱっ)[#「火+發」、123-4]と移る、棟瓦が夕舂日を噛(か)んだ状なる瓦斯暖炉の前へ、長椅子を斜に、ト裳(もすそ)を床。
あら玉の春着きつれて醉(ゑ)ひつれて少年行と前がきがあつたと思ふ……こゝに拜借をしたのは、紅葉先生の俳句である。
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