書き出し
同人が各自、種々なる方面より見たる故先生をあらはさむことにつとむ考へて見ると實に昔が戀しい、明治三十三年の一月然かも二日の日から往き始めた予は、其以前の事は勿論知らぬのであるが、予が往き始めた頃はまだ頗る元氣があつたもので、食物は菓物を尤も好まれたは人も知つてゐるが、甘い物なら何でも好きといふ調子で、壯健の人をも驚かす位喰ふた、御馳走の事といつたら話をしても悦んだ程で、腰は立なくとも左の片肘を突いて體をそばだてゝゐながら、物を書く話をする、余所目にも左程苦痛がある樣には見えなかつた。
初出
1903年
(「馬醉木 第二號」根岸短歌会、1903(明治36)年7月5日)
底本
「左千夫全集 第五卷」岩波書店, 1977(昭和52)年4月11日