書き出し
上のをかしかるべき世を空蝉のと捨て物にして今歳十九年、天のなせる麗質、をしや埋木の春またぬ身に、青柳いと子と名のみ聞ても姿しのばるゝ優しの人品、それも其筈(そのはず)昔しをくれば系圖の卷(まき)のこと長けれど、徳川の流れ末つかた波まだ立たぬ江戸時代に、御用お側お取次と長銘うつて、席を八萬(まん)騎の上坐に占めし青柳右京が三世の孫、流轉の世に生れ合はせては、姫と呼ばれしことも無けれど、面影みゆる長襦袢の縫もよう、母が形見か地赤の色の、褪色て殘(のこ)るも哀いたまし、住む所は何方、む...
初出
1892年
(「武蔵野 第二編」今古堂、1892(明治25)年4月17日)
底本
「武蔵野 第二編」今古堂, 1892(明治25)年4月17日