書き出し
其本郷の何處とやら、丸山か片町か、柳さくら垣根つゞきの物しづかなる處に、廣からねども清げに住なしたる宿あり、當主は瀬川與之助とて、こぞの秋山の手の去る法學校を卒業して、今は其處の出版部とやら編輯局とやらに、月給なにほど成るらん、靜かに青雲の曉をまつらしき身の上、五十を過ぎし母のお近と、お新と呼ぶ從妹の與之助には六歳おとりにて十八ばかりにや、おさなきに二タ親なくなりて哀れの身一つを此處にやしなはるゝ、此三人ぐらし成けり、筒井づゝの昔しもふるけれど、振わけ髮のおさなだちより馴れて...
初出
1894年
(其一~其四「文學界 第十四號」文學界社雜誌社、1894(明治27)年2月28日<br>其五~其七「文學界 第十六號」文學界社雜誌社、1894(明治27)年4月30日)
底本
「文學界 第十四號」文學界社雜誌社, 1894(明治27)年2月28日