書き出し
第一囘莊子が蝶(てふ)の夢といふ世に義理や誠は邪魔くさし覺(さ)め際まではと引しむる利慾の心の秤(はかり)には黄金といふ字に重りつきて増す寶(たから)なき子寶のうへも忘るゝ小利大損いまに初めぬ覆車のそしりも我が梶棒には心もつかず握つて放さぬ熊鷹主義に理窟はいつも筋違なる内神田連雀町とかや、友囀(さへづ)りの喧(かしま)しきならで客足しげき呉服店あり、賣(う)れ口よければ仕入あたらしく新田と呼ぶ苗字そのまゝ暖簾にそめて帳場格子にやに下るあるじの運平不惑といふ四十男赤ら顏(がほ)...
初出
1892年
(「改進新聞」1892(明治25)年3月31日~4月10日、4月12日、14日~17日)
底本
「樋口一葉全集第一卷」新世社, 1942(昭和17)年1月30日