書き出し
口に出して私が我子が可愛いといふ事を申したら、嘸(さぞ)皆樣は大笑ひを遊ばしましやう、それは何方だからとて我子の憎いはありませぬもの、取たてゝ何も斯(か)う自分ばかり美事な寶(たから)を持つて居るやうに誇り顏(がほ)に申すことの可笑しいをお笑ひに成りましやう、だから私は口に出して其樣(そん)な仰山らしい事は言ひませぬけれど、心のうちではほんに/\可愛いの憎いのではありませぬ、掌を合せて拜(をが)まぬばかり辱ないと思ふて居りまする。
初出
1896年
(「日本之家庭」1896(明治29)年1月)
底本
「樋口一葉全集第二卷」新世社, 1941(昭和16)年7月18日