書き出し
上お京さん居ますかと窓の戸の外に來(き)て、こと/\と羽目を敲(たゝ)く音のするに、誰れだえ、もう寢(ね)て仕舞つたから明日來(き)てお呉れと嘘(うそ)を言へば、寢(ね)たつて宜いやね、起きて明けてお呉んなさい、傘屋の吉だよ、己れだよと少し高く言へば、いやな子だね此樣(こん)な遲(おそ)くに何を言ひに來(き)たか、又お餅のおねだりか、と笑つて、今あけるよ少時辛防おしと言ひながら、仕立かけの縫物に針どめして立つは年頃二十餘りの意氣な女、多い髮(かみ)の毛を忙しい折からとて結び髮...
初出
1896年
(「国民之友 二七七号」1896(明治29)年1月4日)
底本
「樋口一葉全集第二卷」新世社, 1941(昭和16)年7月18日