書き出し
小説家後藤宙外氏が鎌倉に住んでいた比のことであると云うから、明治三十年前後のことであろう、その時鎌倉の雪の下、つまり八幡宮の前に饅頭屋があって、東京から避暑に往っていた××君がその前を通っていると、饅頭屋の主翁が出て来て、「あなたは××さんと云う方ではございませんか」と己の姓名を云うので、そうだと云うと、「こんなことを、だしぬけに申しましては、へんでございますが、二階堂の方の別荘にいらっしゃる――と云う奥さんが、あなたをお見かけ申したら、どうかお遊びにいらしてく...
底本
「伝奇ノ匣6 田中貢太郎日本怪談事典」学研M文庫、学習研究社, 2003(平成15)年10月22日