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夏目漱石の全作品

青空文庫で公開されている夏目漱石の全作品105篇を、おすすめ人気順で表示しています。

1〜50件 / 全105件
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上先生と私私はその人を常に先生と呼んでいた。
親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。
第一夜こんな夢を見た。
山路を登りながら、こう考えた。
うとうととして目がさめると女はいつのまにか、隣のじいさんと話を始めている。
誰か慌ただしく門前を馳(か)けて行く足音がした時、代助の頭の中には、大きな俎下駄が空から、ぶら下っていた。
――大正三年十一月二十五日学習院輔仁会において述――私は今日初めてこの学習院というものの中に這入りました。
宗助は先刻から縁側へ坐蒲団を持ち出して、日当りの好さそうな所へ気楽に胡坐(あぐら)をかいて見たが、やがて手に持っている雑誌を放り出すと共に、ごろりと横になった。
医者は探りを入れた後で、手術台の上から津田を下した。
元日雑煮を食って、書斎に引き取ると、しばらくして三四人来た。
友達梅田の停車場を下りるや否や自分は母からいいつけられた通り、すぐ俥(くるま)を雇って岡田の家に馳(か)けさせた。
健三が遠い所から帰って来て駒込の奥に世帯を持ったのは東京を出てから何年目になるだろう。
硝子戸の中から外を見渡すと、霜除をした芭蕉(ばしょう)だの、赤い実の結った梅もどきの枝だの、無遠慮に直立した電信柱だのがすぐ眼に着くが、その他にこれと云って数え立てるほどのものはほとんど視線に入って来ない。
彼岸過迄に就て事実を読者の前に告白すると、去年の八月頃すでに自分の小説を紙上に連載すべきはずだったのである。
はなはだお暑いことで、こう暑くては多人数お寄合いになって演説などお聴きになるのは定めしお苦しいだろうと思います。
吾輩ハ猫デアル夏目漱石「吾輩は猫である」は雜誌ホトヽギスに連載した續き物である。
二年の留学中ただ一度倫敦塔を見物した事がある。
十月早稲田に移る。
ようやくの事でまた病院まで帰って来た。
さっきから松原を通ってるんだが、松原と云うものは絵で見たよりもよっぽど長いもんだ。
上うとうとしたと思ううちに眼が覚めた。
「吾輩は猫である」は雑誌ホトトギスに連載した続き物である。
正岡の食意地の張った話か。
白井道也は文学者である。
ぶらりと両手を垂げたまま、圭(けい)さんがどこからか帰って来る。
「美くしき多くの人の、美くしき多くの夢を……」と髯(ひげ)ある人が二たび三たび微吟して、あとは思案の体である。
汽車は流星の疾きに、二百里の春を貫いて、行くわれを七条のプラットフォームの上に振り落す。
空を劃(くわく)して居る之(これ)を物といひ、時に沿うて起る之を事といふ、事物を離れて心なく、心を離れて事物なし、故に事物の変遷推移を名づけて人生といふ、猶麕身牛尾馬蹄のものを捉へて麟(きりん)といふが如し、かく定義を下せば、頗(すこぶ)る六つかしけれど、是を平仮名にて翻訳すれば、先づ地震、雷、火事、爺(おやぢ)の怖きを悟り、砂糖と塩の区別を知り、恋の重荷義理の柵抔(など)いふ意味を合点し、順逆の二境を踏み、禍福の二門をくゞるの謂(いひ)に過ぎず、但其謂に過ぎずと観ずれば、遭逢百端千差万...
モーパサンの書いた「二十五日間」と題する小品には、ある温泉場の宿屋へ落ちついて、着物や白シャツを衣装棚へしまおうとする時に、そのひきだしをあけてみたら、中から巻いた紙が出たので、何気なく引き延ばして読むと「私の二十五日」という標題が目に触れたという冒頭が置いてあって、その次にこの無名式のいわゆる二十五日間が一字も変えぬ元の姿で転載された体になっている。
世に伝うるマロリーの『アーサー物語』は簡浄素樸という点において珍重すべき書物ではあるが古代のものだから一部の小説として見ると散漫の譏(そしり)は免がれぬ。
『心』は大正三年四月から八月にわたつて東京大阪両朝日へ同時に掲載された小説である。
大抵のイズムとか主義とかいうものは無数の事実を几帳面な男が束にして頭の抽出へ入れやすいように拵(こしら)えてくれたものである。
ただいまは牧君の満洲問題――満洲の過去と満洲の未来というような問題について、大変条理の明かな、そうして秩序のよい演説がありました。
此間魯庵(ろあん)君に会った時、丸善の店で一日に万年筆が何本位売れるだろうと尋ねたら、魯庵君は多い時は百本位出るそうだと答えた。
「珍らしいね、久しく来なかったじゃないか」と津田君が出過ぎた洋灯の穂を細めながら尋ねた。
公園の片隅に通りがかりの人を相手に演説をしている者がある。
西暦一千九百二年秋忘月忘日白旗を寝室の窓に翻えして下宿の婆さんに降を乞うや否や、婆さんは二十貫目の体躯を三階の天辺まで運び上げにかかる、運び上げるというべきを上げにかかると申すは手間のかかるを形容せんためなり、階段を上ること無慮四十二級、途中にて休憩する事前後二回、時を費す事三分五セコンドの後この偉大なる婆さんの得意なるべき顔面が苦し気に戸口にヌッと出現する、あたり近所は狭苦しきばかり也、この会見の栄を肩身狭くも双肩に荷える余に向って婆さんは媾和条件の第一款として命令的に左のごとく申し渡...
写生文の存在は近頃ようやく世間から認められたようであるが、写生文の特色についてはまだ誰も明暸に説破したものがおらん。
また正月が来た。
南満鉄道会社っていったい何をするんだいと真面目に聞いたら、満鉄の総裁も少し呆(あき)れた顔をして、御前もよっぽど馬鹿だなあと云った。
二月二十八日には生暖たかい風が朝から吹いた。
「猫」の稿を継ぐときには、大抵初篇と同じ程な枚数に筆を擱(お)いて、上下二冊の単行本にしようと思って居た。
陽気のせいで神も気違になる。
「猫」の下巻を活字に植えて見たら頁(ページ)が足りないから、もう少し書き足してくれと云う。
東京美術学校文学会の開会式に一場の講演を依頼された余は、朝日新聞社員として、同紙に自説を発表すべしと云う条件で引き受けた上、面倒ながらその速記を会長に依頼した。
二月二十一日に学位を辞退してから、二カ月近くの今日に至るまで、当局者と余とは何らの交渉もなく打過ぎた。
私が巨万の富を蓄えたとか、立派な家を建てたとか、土地家屋を売買して金を儲(もう)けて居るとか、種々な噂(うわさ)が世間にあるようだが、皆嘘(うそ)だ。
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