書き出し
いま時分に、まだ花のあるところなんてあるのかしら?――はじめて来た方角には違ひないのだが、案外だ!この様子を見ると何処か途中にでも花見の場所があるのらしいが、どうも妙だ!何処の花だつて、もうとうに散つてゐる筈だが――花見と云つても、あの時のは芝居見物のことだつたが、あれに誘はれたのはやがてもう一ト月も前になるぢやないか!あの頃が、それでも田舎よりはいくらか遅い東京のお花見季だつた筈だ……と思ふんだが、さうでもなかつたのかな!あの時もあの連中と一緒に出かけて...
初出
1926年
(「新小説 第三十一巻第七号」春陽堂、1926(大正15)年7月1日)
底本
「牧野信一全集第二巻」筑摩書房, 2002(平成14)年3月24日