書き出し
「勇、電話だよ」と社会部長の千種十次郎が怒鳴ると、「おッ、今行くぞ、どうせ市内通報員だろう」「いや、そんなものじゃ無い、早坂勇さんとはっきりお名差しだ」「月賦の洋服屋にしては少し時刻が遅いね」無駄を言い乍(なが)ら、ストーブの側を離れた早坂勇、部長の廻転椅子の肘掛に腰を下すように、新聞社の編輯局にだけ許されて居る不作法な様子で、千種十次郎の手から受話器をたぐり寄せました。
初出
1932年
(「新青年」1932(昭和7)年2月)
底本
「野村胡堂探偵小説全集」作品社, 2007(平成19)年4月15日