書き出し
市川の宿も通り越し、これから八幡といふ所、天竺木綿の大きな國旗二つを往來の上に交扠して、其中央に祝凱旋と大書した更紗の額が掛つてゐる、それをくゞると右側の屑屋の家では、最早あかりがついて障子がぼんやり赤い、其隣りでは表の障子一枚あけてあるので座敷に釣つてあるランプがキラリと光を放つてゐる、ほのくらい往來には、旅の人でなく、土地のものらしい男や婆さんやがのつそりのつそりあるいてゐる、赤兒をおぶつた兒供やおぶはないのや、うよ/\槇屏の蔭に遊んでゐる、荒物店の前では、荷馬車一臺荷車一臺と人が二三...
初出
1906年
(「馬醉木 第三卷第一號」根岸短歌会、1906(明治39)年1月1日 )
底本
「左千夫全集 第二卷」岩波書店, 1976(昭和51)年11月25日