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30分以内で読める木暮理太郎の短編作品

青空文庫で公開されている木暮理太郎の作品の中で、おおよその読了目安時間が「30分以内」の短編25作品を、おすすめ人気順に表示しています。
(4,001〜12,000文字の作品を対象としています。読了時間は「400字/分」の読書スピードで計算した場合の目安です)


1〜25件 / 全25件

作品名 著者 読了時間 人気 書き出し
作品名 著者 読了時間 人気
越中劒岳
(1922年)
木暮理太郎
30分以内
  4,911 文字
日本アルプスの大立物の中で、最後に登られてしかも今でも最も人気を集めている山は、恐らく立山連峰...
越中劒岳 木暮理太郎
日本アルプスの大立物の中で、最後に登られてしかも今でも最も人気を集めている山は、恐らく立山連峰の劒岳であろう。
木曾御岳の話
(1933年)
木暮理太郎
30分以内
  7,829 文字
今日は懐古の夕だそうですから思いきり古い話をすることにしますが、私の古い山旅はただぶらぶら歩い...
木曾御岳の話 木暮理太郎
今日は懐古の夕だそうですから思いきり古い話をすることにしますが、私の古い山旅はただぶらぶら歩いていたのみで日記さえもつけない、ですから忘れてしまった方が多いのは残念ですが、しかし何といっても、見て面白いし、登って面白いし、読んで面白く、聞いても考えても亦(また)おもしろい山のことですから、随分古い思い出はあります。
山の魅力
(1934年)
木暮理太郎
30分以内
  4,215 文字
夏の登山が今日のように盛になったのは、色々の原因があるにしても、山が何かしらん人の心をしっかり...
山の魅力 木暮理太郎
夏の登山が今日のように盛になったのは、色々の原因があるにしても、山が何かしらん人の心をしっかりと捉えずには置かない、強い魅力を持っている為である。
四十年前の袋田の瀑
(1936年)
木暮理太郎
30分以内
  4,334 文字
勿来関趾をたずね、鵜子岬に遊び、日和山に登って、漁船に賑う平潟の港内や、暮れ行く太平洋の怒濤を...
四十年前の袋田の瀑 木暮理太郎
勿来関趾をたずね、鵜子岬に遊び、日和山に登って、漁船に賑う平潟の港内や、暮れ行く太平洋の怒濤を飽かず眺めた後、湾に臨んだ宿屋の楼上に一夜を明かして、翌日仙台からはるばると辿って来た海岸を離れ、小雨そぼふる中を棚倉道に沿うて歩き出した。

(1938年)
木暮理太郎
30分以内
  4,775 文字
峠は「たむけ」の音便であるといわれている。
木暮理太郎
峠は「たむけ」の音便であるといわれている。
山と村
(1934年)
木暮理太郎
30分以内
  5,040 文字
アーヴィングの『スケッチブック』を初めて読んだとき、リップ・ヴァン・ウィンクルの話の冒頭に、カ...
山と村 木暮理太郎
アーヴィングの『スケッチブック』を初めて読んだとき、リップ・ヴァン・ウィンクルの話の冒頭に、カツキル連山が季節の移り更りや天候の変る毎に、いや実に一日の中でも刻々に不思議な色やら形やらを変えるので、遠近のおかみさん達から完全な晴雨計と見做されていたということが書いてあるのを見て、直に思い出したのは故郷の赤城山のことであった、そして外国にも同じような風習が自然と行われているのを非常に興味深く感じたのであった。
笛吹川の上流(東沢と西沢)
(1916年)
木暮理太郎
30分以内
  5,075 文字
笛吹川は秩父街道最奥の部落である広瀬附近から上流になると子酉川と呼ばれている。
笛吹川の上流(東沢と西沢) 木暮理太郎
笛吹川は秩父街道最奥の部落である広瀬附近から上流になると子酉川と呼ばれている。
高原
(1934年)
木暮理太郎
30分以内
  5,315 文字
八ヶ岳の裾野ほど高原に富んでいる所は、火山の多い我国にも稀であろうと思う。
高原 木暮理太郎
八ヶ岳の裾野ほど高原に富んでいる所は、火山の多い我国にも稀であろうと思う。
思い出す儘に
(1934年)
木暮理太郎
30分以内
  5,346 文字
陸地測量部で輯製二十万分一の地図を発行するようになったのは、『陸地測量部沿革誌』に拠れば明治十...
思い出す儘に 木暮理太郎
陸地測量部で輯製二十万分一の地図を発行するようになったのは、『陸地測量部沿革誌』に拠れば明治十七年からで、これは伊能図を基礎とし、各府県調製の地図を参酌校訂して、全国の地図を作り、一般の便に供するのが目的であったという。
秩父の渓谷美
(1926年)
木暮理太郎
30分以内
  5,386 文字
五月の秩父いつも五月、一年中でのよき日である五月になると、私は秩父の山や谷を思い出すことが避け...
秩父の渓谷美 木暮理太郎
五月の秩父いつも五月、一年中でのよき日である五月になると、私は秩父の山や谷を思い出すことが避け難い一の習慣のようになっている。
日本アルプスの五仙境
(1922年)
木暮理太郎
30分以内
  5,495 文字
これから私が茲(ここ)に述べようとする日本アルプスの仙境というのは、其処に仙人が住んでいたとか...
日本アルプスの五仙境 木暮理太郎
これから私が茲(ここ)に述べようとする日本アルプスの仙境というのは、其処に仙人が住んでいたとか、又は現に住んでいるらしいとかいう訳で、仙境と称するのでは勿論ありません。
奥秩父
(1922年)
木暮理太郎
30分以内
  5,631 文字
秩父という名が大宮を中心とした所謂秩父盆地に限られていた時代には、武甲山や三峰山などが秩父の高...
奥秩父 木暮理太郎
秩父という名が大宮を中心とした所謂秩父盆地に限られていた時代には、武甲山や三峰山などが秩父の高山であるように思われていたのも無理ではない。
南北アルプス通説
(1930年)
木暮理太郎
30分以内
  5,690 文字
日本アルプスの名称日本本島中部の大山脈である赤石山系、木曾山脈及び飛騨山脈は、今日普通に日本ア...
南北アルプス通説 木暮理太郎
日本アルプスの名称日本本島中部の大山脈である赤石山系、木曾山脈及び飛騨山脈は、今日普通に日本アルプスの名で呼ばれている。
渓三題
(1924年)
木暮理太郎
30分以内
  6,494 文字
いつぞや秩父の長瀞見物に行って来た人が「どうもいい景色ですな、あんな所は山の中にもそう沢山はあ...
渓三題 木暮理太郎
いつぞや秩父の長瀞見物に行って来た人が「どうもいい景色ですな、あんな所は山の中にもそう沢山はありますまい」というて、其(その)話をして呉れたことがある。
上州の古図と山名
(1923年)
木暮理太郎
30分以内
  6,646 文字
古図には立派に記載されている山でも、今日では夫がどの山であるか、殆ど見当のつけようもない程不正...
上州の古図と山名 木暮理太郎
古図には立派に記載されている山でも、今日では夫がどの山であるか、殆ど見当のつけようもない程不正確にあらわされているものがある。
三国山と苗場山
(1931年)
木暮理太郎
30分以内
  6,856 文字
大正二、三年の頃、東京から見える山のスケッチを作る為に、強い北西の風が吹く晴れた冬の日には、よ...
三国山と苗場山 木暮理太郎
大正二、三年の頃、東京から見える山のスケッチを作る為に、強い北西の風が吹く晴れた冬の日には、よく愛宕山の塔や浅草の凌雲閣に上って、遠い雪の山の姿に見入りながら、新しい印象や古い記憶を辿って、山の持つ個性から其(その)何山であるかを探し出すのが楽しみであった。
那須、尾瀬、赤城、志賀高原
(1935年)
木暮理太郎
30分以内
  7,215 文字
那須岳那須火山群は、広漠たる那須ヶ原の北端に在って、南北に長い連嶺をなし、所謂那須の五岳を含む...
那須、尾瀬、赤城、志賀高原 木暮理太郎
那須岳那須火山群は、広漠たる那須ヶ原の北端に在って、南北に長い連嶺をなし、所謂那須の五岳を含む山塊を総称したものである。
春の大方山
(1935年)
木暮理太郎
30分以内
  8,116 文字
南アルプスの二、三の山が東京から望まれることが確実となったので、外にも尚お、遠い大井川奥の空か...
春の大方山 木暮理太郎
南アルプスの二、三の山が東京から望まれることが確実となったので、外にも尚お、遠い大井川奥の空から煤煙の都東京をこっそり覗いている山が或は有るかも知れない。
後立山は鹿島槍ヶ岳に非ざる乎
(1917年)
木暮理太郎
30分以内
  8,206 文字
後立山という名は、黒部川の峡谷を隔てて立山の東に連亙している信越国境山脈中の一峰として、夙(は...
後立山は鹿島槍ヶ岳に非ざる乎 木暮理太郎
後立山という名は、黒部川の峡谷を隔てて立山の東に連亙している信越国境山脈中の一峰として、夙(はや)くから地誌地図等に記載され、一個の山体として取り扱われていたらしいにも拘わらず、元来が越中の称呼であって、此(この)方面からの登山は、甚しく困難でもあり且つ危険でもあるから、偶に入込む猟師などの外は登山者絶無という有様であったと想われる。
尾瀬の昔と今
(1936年)
木暮理太郎
30分以内
  8,230 文字
尾瀬の名は『会津風土記』に「小瀬峠陸奥上野二州之界」又は「小瀬沼在会津郡伊南郷縦八里横三里」と...
尾瀬の昔と今 木暮理太郎
尾瀬の名は『会津風土記』に「小瀬峠陸奥上野二州之界」又は「小瀬沼在会津郡伊南郷縦八里横三里」として載っているのが古書に見られる最初である。
登山談義
(1935年)
木暮理太郎
30分以内
  8,647 文字
八月二十日於霧ヶ峰「山の会」講演大意、後補筆昔からお談義を聞かせるのは大抵老人と極っているよう...
登山談義 木暮理太郎
八月二十日於霧ヶ峰「山の会」講演大意、後補筆昔からお談義を聞かせるのは大抵老人と極っているようで「またお談義か、うんざりするな」というようなことは、日常見聞する所であります。
北岳と朝日岳
(1929年)
木暮理太郎
30分以内
  8,691 文字
白峰北岳日は忘れたが明治二十六年の八月であった、初めて木曾の御岳に登った時、兼てこの山は高さ一...
北岳と朝日岳 木暮理太郎
白峰北岳日は忘れたが明治二十六年の八月であった、初めて木曾の御岳に登った時、兼てこの山は高さ一万七百尺、日本第二の高山であると地理書で教えられ、又近所の御岳講の講中で登山したことのある人の話にも、頂上からは富士山が高く見えるだけで、外に目に立つ山は無いと聞かされていたので、そうと許り信じていた私は、意外な展望にすっかり驚いてしまった。
初旅の大菩薩連嶺
(1933年)
木暮理太郎
30分以内
  10,174 文字
大正七年の秋の末に初めて黒岳山から大菩薩峠に至る大菩薩山脈の主要部を縦走した時の山旅は、おかし...
初旅の大菩薩連嶺 木暮理太郎
大正七年の秋の末に初めて黒岳山から大菩薩峠に至る大菩薩山脈の主要部を縦走した時の山旅は、おかしい程故障が多かった。
大井川奥山の話
(1920年)
木暮理太郎
30分以内
  10,362 文字
赤石山系の二大山脈即ち白峰山脈と赤石山脈とは、其(その)北端に位する鳳凰山塊と共に、日本南アル...
大井川奥山の話 木暮理太郎
赤石山系の二大山脈即ち白峰山脈と赤石山脈とは、其(その)北端に位する鳳凰山塊と共に、日本南アルプスと呼ばれている。
秩父宮殿下に侍して槍ヶ岳へ
(1923年)
木暮理太郎
30分以内
  10,655 文字
中房温泉荒模様であった空は、夜が明けると少し穏になって、風は強いが雨脚は疎になった。
秩父宮殿下に侍して槍ヶ岳へ 木暮理太郎
中房温泉荒模様であった空は、夜が明けると少し穏になって、風は強いが雨脚は疎になった。
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