笆(まがき)に媚(こ)ぶる野萩の下露もはや秋の色なり。
笆(まがき)に媚(こ)ぶる野萩の下露もはや秋の色なり。
厭だ厭だと思い乍ら、吉祥寺前の家には、一年と四ヵ月程住んだ。
厭だ厭だと思い乍ら、吉祥寺前の家には、一年と四ヵ月程住んだ。
市木さんといえば、近所の人たちはたいてい知っていた。
市木さんといえば、近所の人たちはたいてい知っていた。
一行は樹立の深く生茂つた處から、岩の多い、勾配の高い折れ曲つた羊齒の路を喘ぎ喘ぎ登つて行つた。
一行は樹立の深く生茂つた處から、岩の多い、勾配の高い折れ曲つた羊齒の路を喘ぎ喘ぎ登つて行つた。
人と別れた瞳のように、水を含んだ灰色の空を、大きく環を描きながら、伝書鳩の群が新聞社の上空を散...
人と別れた瞳のように、水を含んだ灰色の空を、大きく環を描きながら、伝書鳩の群が新聞社の上空を散歩していた。
非常警戒凍りつくような空っ風が、鋪道の上をひゅーんというような唸(うな)り声をあげて滑ってゆく。
非常警戒凍りつくような空っ風が、鋪道の上をひゅーんというような唸(うな)り声をあげて滑ってゆく。
最初の時代眞青な海のうへに夏のやうでもなく、秋のやうでもなく、慥かに春の日がその華かさが更に、...
最初の時代眞青な海のうへに夏のやうでもなく、秋のやうでもなく、慥かに春の日がその華かさが更に、烈しいとでも言ひたい位の正午の光を受けて、北海道通ひの蒸汽船が二艘、遙か遠くを煙りを吐いて走つてゐる。
私の講演は「東西交通史上より觀たる日本の開發」といふ題目である。
私の講演は「東西交通史上より觀たる日本の開發」といふ題目である。
「奇体な名前もあるもんですなあ……慾張った名前じゃありませんか。
「奇体な名前もあるもんですなあ……慾張った名前じゃありませんか。
探偵小説家の梅野十伍は、机の上に原稿用紙を展べて、意気甚だ銷沈していた。
探偵小説家の梅野十伍は、机の上に原稿用紙を展べて、意気甚だ銷沈していた。
真中に一棟、小さき屋根の、恰(あたか)も朝凪の海に難破船の俤(おもかげ)のやう、且つ破れ且つ傾...
真中に一棟、小さき屋根の、恰(あたか)も朝凪の海に難破船の俤(おもかげ)のやう、且つ破れ且つ傾いて見ゆるのは、此(こ)の広野を、久しい以前汽車が横切つた、其(そ)の時分の停車場の名残である。
幸福というものは、何時何処から舞い込んでくるか分らない。
幸福というものは、何時何処から舞い込んでくるか分らない。
沖繩まで一月五日夕日の光に映ゆる壯嚴な櫻島の山影を後に、山崎君等の舊知に送られて、鹿兒島の港を...
沖繩まで一月五日夕日の光に映ゆる壯嚴な櫻島の山影を後に、山崎君等の舊知に送られて、鹿兒島の港を後にした私は、土地の風俗や言葉を話す奄美大島や沖繩へ歸る人々の多くと同船して、早くも南島の氣分に漂はされた。
飛雄する東部亞細亞人の爲めにわれわれは今やらなければ駄目だ。
飛雄する東部亞細亞人の爲めにわれわれは今やらなければ駄目だ。
私は御覽の通り委員の中で一人軍服を着して居ります。
私は御覽の通り委員の中で一人軍服を着して居ります。
大阪毎日新聞が、一萬五千號のお祝で講演會を催されるといふことで、私にも出るやうにとのお話で出て...
大阪毎日新聞が、一萬五千號のお祝で講演會を催されるといふことで、私にも出るやうにとのお話で出て參りました。
津田洋造[#「洋造」は底本では「洋蔵」]は、長男が生れた時、その命名に可なり苦しんで、いろいろ...
津田洋造[#「洋造」は底本では「洋蔵」]は、長男が生れた時、その命名に可なり苦しんで、いろいろ考え悩んだ末、一郎と最も簡単に名づけてしまった。
洪水か電力危機か昭和二十六年の秋は、電力の危機が全国的に叫ばれ、その中でも関西地方の電力危機は...
洪水か電力危機か昭和二十六年の秋は、電力の危機が全国的に叫ばれ、その中でも関西地方の電力危機は、文字通りの危機であったらしい。
There are more things in heaven and earth, Hora...
There are more things in heaven and earth, Horatius, Than are dreamt of in your philosophy.※(いき)Shakspeare, Hamlet.※(いき)ハムレット「――この天地の間にはな、所謂哲学の思いも及ばぬ大事があるわい。
甲野八十助「はアて、――」と探偵小説家の甲野八十助は、夜店の人混みの中で、不審のかぶりを振った。
甲野八十助「はアて、――」と探偵小説家の甲野八十助は、夜店の人混みの中で、不審のかぶりを振った。
一つの事件の解決がつくと、S夫人はまるで人間が変ったように朗かになる。
一つの事件の解決がつくと、S夫人はまるで人間が変ったように朗かになる。
今更申すまでもないことだが、まつたく人には夫々様々な癖があるではないか、貧棒ゆすりだとか爪を噛...
今更申すまでもないことだが、まつたく人には夫々様々な癖があるではないか、貧棒ゆすりだとか爪を噛むとか、手の平をこするとか、決して相手の顔を見ないで内ふところに向つてはなしをするとか、無闇に莨を喫すとか――とそれこそ枚挙に遑はない。
A現に中央アラビア国の元首で、全アラビア人の信望を一身に担い、モハメッドの再来と目せられて、汎...
A現に中央アラビア国の元首で、全アラビア人の信望を一身に担い、モハメッドの再来と目せられて、汎回教運動に多大の刺戟を与えている怪傑、イブン・サウドが、二十数年前、中央アラビアの砂漠の中を、少数の手兵を率いて疾駆していた頃の話である。
今更回顧談でもないが、今度「現代演劇論」といふ本を出したあとで、僕は、なんだかこれで一と役すま...
今更回顧談でもないが、今度「現代演劇論」といふ本を出したあとで、僕は、なんだかこれで一と役すましたといふ気がふとしたことは事実である。
居間の書棚へ置き忘れてきたという父の眼鏡拭きを取りに紀久子が廊下を小走り出すと電話のベルがけた...
居間の書棚へ置き忘れてきたという父の眼鏡拭きを取りに紀久子が廊下を小走り出すと電話のベルがけたたましく鳴り、受話機を手にすると麻布の姉の声で、昼前にこちらへ来るというのであった。
寺田寅彦という名前を、初めて知ったのは、たしか高等学校二年の頃であったように思う。
寺田寅彦という名前を、初めて知ったのは、たしか高等学校二年の頃であったように思う。
ある日、例のごとく半七老人を赤坂の家にたずねると、老人はあたかも近所の碁会所から帰って来た所で...
ある日、例のごとく半七老人を赤坂の家にたずねると、老人はあたかも近所の碁会所から帰って来た所であった。
上五百機立てて綾錦、織りてはおろす西陣の糸屋町といふに、親の代より仲買商手広く営みて、富有の名...
上五百機立てて綾錦、織りてはおろす西陣の糸屋町といふに、親の代より仲買商手広く営みて、富有の名遠近にかくれなき近江屋といふがあり。
島へ着いた翌日から強い風が出て、後三日にわたって吹いて吹き捲(まく)った。
島へ着いた翌日から強い風が出て、後三日にわたって吹いて吹き捲(まく)った。
何故俺は些う迄性のない愚図なんだらう、これツぱかりの事を何も思ひ惑ふにはあたらない、手取り早く...
何故俺は些う迄性のない愚図なんだらう、これツぱかりの事を何も思ひ惑ふにはあたらない、手取り早く仕度さへすれば二時間も掛らないで出来上る……が、純造は「明日こそは――」と叱るやうに決心した。
露伴と神仙道『東と西』の問題は、人類にとって、最大の課題といわれる。
露伴と神仙道『東と西』の問題は、人類にとって、最大の課題といわれる。
日光掩蔽地上清涼靉靆垂布如可承攬其雨普等四方倶下流樹無量率土充洽山川険谷幽邃所生卉木薬艸大小諸...
日光掩蔽地上清涼靉靆垂布如可承攬其雨普等四方倶下流樹無量率土充洽山川険谷幽邃所生卉木薬艸大小諸樹「もし憚(はばかり)ながらお布施申しましょう。
前夜の調べ物の疲れで、もう少し寝ていたいところを起された私立探偵局の帆村荘六だった。
前夜の調べ物の疲れで、もう少し寝ていたいところを起された私立探偵局の帆村荘六だった。
まえがき人の価値は、厳密にいえば、棺を覆うて始めて決まる。
まえがき人の価値は、厳密にいえば、棺を覆うて始めて決まる。
報告(ウルトラマリン第一)ソノ時オレハ歩イテヰタソノ時外套ハ枝ニ吊ラレテアツタカ白樺ノヂツニ白...
報告(ウルトラマリン第一)ソノ時オレハ歩イテヰタソノ時外套ハ枝ニ吊ラレテアツタカ白樺ノヂツニ白イソレダケガケワシイ冬ノマン中デ野ツ原デソレガ如何シタソレデ如何シタトオレハ吠エタ≪血ヲナガス北方ココイラグングン密度ノ深クナル北方ドコカラモ離レテ荒涼タルウルトラマリンノ底ノ方ヘ――≫暗クナリ暗クナツテ黒イ頭巾カラ[#「頭巾カラ」は底本では「頭吊カラ」]舌ヲダシテヤタラ羽搏イテヰル不明ノ顔々ソ...
予言者のふたつの資格日蓮を理解するには予言者としての視角を離れてはならない。
予言者のふたつの資格日蓮を理解するには予言者としての視角を離れてはならない。
小熊秀雄全集-20大波小波小熊秀雄独立美術分裂説次は誰が脱退するか▼独立の林重義も遂にシビレを...
小熊秀雄全集-20大波小波小熊秀雄独立美術分裂説次は誰が脱退するか▼独立の林重義も遂にシビレを切らして脱退した。
三日三晩のあいだ、謎のような死の手に身をゆだねていたラザルスが、墓から這い出して自分の家へ帰っ...
三日三晩のあいだ、謎のような死の手に身をゆだねていたラザルスが、墓から這い出して自分の家へ帰って来た時には、みんなも暫くは彼を幽霊だと思った。
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