30分以内で読める青空文庫の短編作品（80ページ目）

神童が入って来る――会場はしんとしずまる。

池は雨中の夕陽の加減で、水銀のやうに縁だけ盛り上つて光つた。

私が玄関の格子を開けると、母が馳け出して来て、「御殿山の東山さんからお使いが見えたよ、今朝っから、三度も」と急きこむように云った。

西の京三本樹のお愛様にこのひと巻をまゐらせ候あきうたたねの夢路に人の逢ひにこし蓮歩のあとを思ふ雨かな美くしき女ぬすまむ変化もの来よとばかりにさうぞきにけり家七室霧にみなかす初秋を山の素湯めで来しやまろうど恋はるとやすまじきものの物懲にみだれはててし髪にやはあらぬ船酔はいとわかやかにまろねしぬ旅あきうどと我とのなかに白百合のしろき畑のうへわたる青鷺づれのをかしき夕わかき日のやむごとなさ...

文化の混乱や思想の混乱が日本で叫ばれ始めたのは、しばらく前からである。

眞夏の日中だのに褞袍（どてら）を着て、その上からまだ毛絲の肩掛を首に卷いた男が、ふらふら汽車の中に這入つて來た。

昨年の秋のある夜であった。

――大評判の怪窟――探檢の勢揃――失敗の第一日――二日目――迷信家の大氣※――大發見？――探檢の本舞臺――最初の入窟者――怪窟の構造――其結果――大評判の怪窟※［＃感嘆符三つ、262-10］それは、東京と横濱との中間で、川崎からも鶴見からも一里足らずの處（ところ）である。

昭和九年八月三日の朝、駒込三の三四九、甘納豆製造業渡辺忠吾氏（二七）が巣鴨警察署衛生係へ出頭し「十日ほど前から晴天の日は約二千、曇天でも約五百匹くらいの蜜蜂が甘納豆製造工場に来襲して困る」と訴え出たという記事が四日の夕刊に出ていた。

池、といっても、台地の裾から湧き出る水がただ広くたまってる浅い沼で、その片側、道路ぞいに、丈高い葦が生い茂り、中ほどに、大きな松が一本そびえている。

麗子の嘆き「あら、麗子さん、どうなすったの」「あッ、加奈子さん」「近頃学校へもいらっしゃらないし、みんなで心配して居てよ、――それに顔色も悪いわ、どうなすったの本当に」「困った事が起ったの、加奈子さん、私どうしたらいいでしょう」加奈子は、お使いに行った帰り上野の竹の台で、お友達の麗子にバッタリ出逢ったのでした。

狭い、勾配の急な裏梯子を上り切ったところの細長い板の間は、突き当たりに厚いカーテンがかかっていて、古椅子や古テーブルなどを積み重ね、片側をわずかに人が通れるだけ開けてある。

豚毛の黒い豚の群が、ゴミの溜った沼地を剛い鼻の先で掘りかえしていた。

去年おしつまってから肉体派小説、中間小説の作者と一部の作家・批評家との間に、ちょっとしたやりとりがあって注目をひいた。

『先生』と綽名のついた老人のセミョーンと、誰も名を知らない若い韃靼（ダッタン）人が、川岸の焚火の傍に坐っていた。

東洋文化とか東洋思想とかいう語が西洋文化または西洋思想と対立する意味において一部の人士に用いられるのは、かなり久しい前からのことであって、日本人の文化、日本人の思想がやはりその東洋のであり、従ってそれが西洋のに対立するものの如く説かれるのである。

東京の三鷹の住居を爆弾でこわされたので、妻の里の甲府へ、一家は移住した。

凡そ、如何なる芸術と雖も、若干の「法則」に従はないものはない。

近時において世界はあらゆる混乱に陥り、すべての国家は険悪な難路を歩みつつあること周知のごとくである。

なほ子は、従弟の部屋の手摺から、熱心に下の往来の大神楽を見物していた。

お川師堀武三郎の留守宅では、ちょうど四十九日の法事の読経も終って、湯葉や精進刺身のさかなで、もう坊さんが帰ってから小一時間も経ってからのことであった。

新しき夫の愛――牢獄の夫より妻への愛の手紙――若杉鳥子山内ゆう子――私は一人の新しい女性を紹介する。

麗姫惟（おも）ふに、描ける美人は、活ける醜女よりも可也（なり）。

お父さん、御免なさい。

東京を立つたのが震災後の十一月、まだバラツクが十分に建たないうちでした。

遠い昔のことですが、インドの奥に小さな王国がありました。

子供が一人ぐらいの時はまだいゝが、二人三人となると、育てるのがなかなか容易でない。

両袖献納川村節子さんは、未だ嘗て、人のせぬことをしたことはなかつた。

訳者改訳の筆を擱（お）くに当たって、私は最初読者になした約束を果たさなければならない。

『中央公論』の新年号に、アンドレ・ジイドのソヴェト旅行記（小松清氏訳）がのっている。

大正十二年九月一日、天柱拆（さ）け地維欠くとも言うべき一大凶変が突如として起り、首都東京を中心に、横浜、横須賀の隣接都市をはじめ、武相豆房総、数箇国の町村に跨がって、十万不冥の死者を出した災変を面のあたり見せられて、何人か茫然自失しないものがあるだろうか。

……音楽爆弾。

さて、みなさん。

これからわたくしの述べようとする身の上話を、ばかばかしいと思う人は、即座に、後を読むのをやめてもらいたい。

ナポレオン・ボナパルトの腹は、チュイレリーの観台の上で、折からの虹と対戦するかのように張り合っていた。

下り一〇五列車は、黒く澱（よど）んだ夜の空気を引裂き、眠った風景を地軸から揺り動かして、驀進して行った。

日本の現代文学は、もっともっと、われわれの生きている現実の歴史の深さ、鋭さ、はげしさにふさわしい文学精神と方法との上に立て直されなければならない。

文化という二つの文字に変りはないようだけれども、歴史のそれぞれの時代で文化の示す様相は実に変化の激しいものがある。

この一文は昭和十四年四月、京城日報社の招きにより、将棋の名人木村義雄氏と共に、半島の各地を歩いた記録である。

二月二日に父の葬儀を終り、なか一日置いた四日の朝、私は再びそれまでいた場所へ戻った。

弘子はいま幸福の絶頂にあつた。

話がずっと後戻りしますが、今日は少し別のはなしをしようかと思いますが、どうですか。

壱小倉の冬は冬という程の事はない。

結婚してから八年にもなるのに、京都へ行くというのは定雄夫妻にとって毎年の希望であった。

宵（一幕）宮本百合子人物中西良三（小児科医）三十四歳同やす子（良三の妻）二十三歳同つや子（彼等の幼児）二つたみ（子守女）十七歳書生所東京市内静かな山の手時現代或る秋の宵幕開く中西良三宅。

時雨・雪・三味線堀亡くなられた泉鏡花先生のお作の中でも、「註文帳」は当然代表作の一つに数へていいものだらう。

ああ、もう、死んでしまはうか……自分の正直さが、といふよりも歌ひたい欲望が、といふよりも酔つてゐたい性情が、強ければ強いだけ、〈頭を上げれば叩かれる〉此の世の中では、損を来たすこととなり、損も今では積り積つて、此の先生活のあてもなくなりさうになつてゐることを思ふと、死んでしまはうかと思ふより、ほかに仕方もないことであつた。

海岸の小さな貸別荘。

夏のことなので、何か涼しい着物を用意すればよかつたのだが、私は紋附が嫌ひなので、葬礼などには大抵洋服で出かけることにしてゐた。

西洋の近代文明の特徴の一つは、科学的・実証的精神である。